「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」のキュレーションの背景
――「日本財団DIVERSITYINTHEARTS企画展ミュージアム・オブ・トゥギャザー(以下、ミュージアム・オブ・トゥギャザー)」のキュレーションは、どのようなところからスタートしたのでしょうか。この展覧会に関わることになった経緯から教えていただけますか?
塩見有子(以下、塩見):今回のプロジェクトに関わることになったそもそものきっかけは、5年前に遡ります。私たちのNPO法人「AIT(エイト)」では、現代アートの作り手や担い手を育成する教育プログラムを運営しているんですが、それがきっかけとなって日本財団から依頼があり、2012年から2年間、5つのアール・ブリュット美術館01のキュレーターを育成するプログラムを担当することになったんです。これらのアール・ブリュット美術館は、いずれも障害者の支援事業も行なっているため、そこで働くキュレーターたちとの交流の中で、福祉の現場でどのように作品が生まれているのかを知りました。そんな経緯もあって、今回日本財団から声をかけていただいたんです。
ロジャー・マクドナルド(以下、マクドナルド):今回の展覧会は、障害者のアート活動を中心に据えた「日本財団DIVERSITYINTHEARTS」というプロジェクトの一環として企画されたもの。僕らはそのキュレーションを依頼されたのだけど、これまでアール・ブリュット02やアウトサイダー・アート03と呼ばれるような障害者のアートを専門としてきたわけではないので、今まで活動してきた現代アートの領域からアプローチするしかないと、初めに依頼を受けたときは思いました。
――お二人はこのプロジェクトに関わるまで、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートの存在をどのように見ていたのでしょうか。
塩見:私が学生時代にロンドンでアートを学んだころには、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートは美術史の一部として組み込まれていました。でも、日本でアール・ブリュット美術館のキュレーターの話を聞いたり、文献を調べたりしているうちに欧米とは状況が違うのかもしれないと、だんだんわかってきて。
マクドナルド:たとえば、表現方法に無意識や夢などを重視したシュルレアリスム04は、美術史に刻まれた20世紀最大の芸術運動ですよね。これを提唱したアンドレ・ブルトンと、1945年にフランスでアール・ブリュットを提唱したジャン・デュビュッフェ05には親交があり、また、シュルレアリストたちの多くは、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートを積極的に収集し、展示をした人たちでした。私が学生時代に師事していた、『アウトサイダー・アート』の著者で美術評論家のロジャー・カーディナルもまた、もともとはシュルレアリスムの研究からアウトサイダー・アートに関心を寄せた一人です。つまり、シュルレアリスムとアール・ブリュット、アウトサイダー・アートは地続きで、無関係ではないということなんです。
塩見:その観点でいくと、日本でアール・ブリュットやアウトサイダー・アートと呼ばれる作品は、美術史との接続点が語られることが少ない気がします。
――近年では、世界的に見てアール・ブリュットやアウトサイダー・アートはどのような位置付けにあると言えるでしょうか?
塩見:海外の動向を見渡すと、パリやニューヨークでは「アウトサイダー・アートフェア06」というアウトサイダー・アートに特化したマーケットがあり、参加ギャラリー数も年々増えているみたいですね。それから、2013年の「第55回ヴェネチア・ビエンナーレ07」は、アウトサイダー・アートと現代アートの垣根を崩したことで大きな反響を呼んだ重要な展覧会です。
マクドナルド:そうした動きがきっかけとなって、これまで現代アートの議論の中心には入ってこなかったアウトサイダー・アート、フォークアート、オカルト、霊媒師などの作品も展覧会で注目を浴びるようになりました。私自身はこういった作品にもともと興味を持っていたので、今回の企画をもらったときはとてもワクワクしましたね。何より作品が本当に面白い!
作品に向き合い、集中して見ること
塩見:この展覧会の準備のために、アート活動が行われている福祉施設や、作家個人の自宅やアトリエなどに訪れましたが、アトリエや制作部屋の片隅で大量の作品群を見つけたときには心が躍りましたね。
マクドナルド:確かに私も制作現場で作品と向き合ったとき、美術界で当たり前とされてきた既存の固定観念や価値観を超えるものを感じました。今回展覧会に参加する作家の中には、言葉でのコミュニケーションが難しい人もいます。その場合、施設のスタッフや作家のご家族から話を聞くのですが、実際のところ本人の制作意図はわからないので、作品そのものや制作の様子を集中して見ることが作品を理解する上でより重要になると考えました。
塩見:注意深く観察することがいつにも増して必要でしたね。集中力も問われました。
マクドナルド:だからこそキュレーションが一方的な押し付けにならないように気をつけなければ、というのをいつも以上に意識しました。特に、障害のある作家については、「障害がある」という情報によって作品の見方が変わってしまうこともあります。作家の個人的なバイオグラフィ(個人史)を、鑑賞者にどこまでどう伝えるのがよいのか。そこが一番悩んだ部分でもありました。そうした意味では、「どう鑑賞するのがふさわしいのか」という部分にここまでしっかりと向き合ったのは初めてかもしれません。結果、作品の隣に作家のバイオグラフィを見せるという一般的な展示方法はやめて、会場内を持ち歩けるハンドブックにまとめることにしました。
塩見:ハンドブックに載せるバイオグラフィは、いわゆる一般的なプロフィールや受賞歴ではなくて、私たちがリサーチのために作家に会いに行き、制作背景に触れて感じた私的で日記のようなテキストにしようと、二人で話し合いました。特に自宅や施設で制作している人は、家族やスタッフなど周りの助けがあるからこそ作品づくりを続けられる人もいます。作家自身のことだけでなく、そうした背景も含めて伝えられるといいなと。社会問題や時代性から作品を語る書き方をしなかったのは、今回の展覧会ではそれはあまり重要ではないと判断したからです。
マクドナルド:それから、鑑賞という部分においては、今回はテーマを設けても作品に負けてしまうだろうという思いから、明確なテーマは決めていません。テーマを立てない分、“どう鑑賞するか”という会場構成の部分に注力しました。
ブラブラと散歩するような展覧会
――会場構成や、障害のある人とない人がともに展覧会を楽しむための「アクセス・アート・プログラム」もキュレーションに関わる大きな特徴ですね。
マクドナルド:そうですね。準備段階から視覚障害や聴覚障害、身体障害のある人たちと何度も対話を重ね、さまざまな人が鑑賞を楽しめるようなアクセシビリティ08を考えてきました。展覧会のロゴには8度の傾斜がついた台形を使用していますが、それは会場に設置するスロープの角度でもあり、普通の美術館とは少し角度を変えた展覧会、という思いも込めています。建築家チームのアトリエ・ワンによる会場構成も独特で、「スパイラル」という建物のなかに大胆にスパイラル(渦巻き)の壁を立てる。作品同士が対話をはじめるような配置とは?というのを、重点的に話していましたね。
塩見:アクセス・アート・プログラムの大きな特徴としては、触ることができる作品を意識的に選んでいたり、オーディオ・ディスクリプション(音声ガイド)にもチャレンジしていること。聴覚障害、視覚障害のある当事者が中心となって企画している新しい鑑賞プログラムも、この展覧会の見どころの一つです。
マクドナルド:鑑賞する人が自分なりの動線を発見できたらいいですね。ピンと張りつめた真っ白なギャラリー空間ではなく、ブラブラと散歩するように会場を回遊するうちに感覚が揺らいでくるような。そんな鑑賞のムードをつくりたいな、と思っています。
アートのジャンルを越えて
――22名の作家にたどり着くまでには、どのようなプロセスを経たのでしょうか。
塩見:私もロジャーも、普段は福祉施設と接点がないので、最初に10名のリサーチ・キュレーター09に「最近印象に残った作品を紹介してください」と呼びかけ、より多くの意見や知見をもらいました。それから日本財団が持っているコレクションも重要な要素として参考にしました。
マクドナルド:作家を選定していく上では、アドルフ・ヴェルフリ10やヘンリー・ダーガー11などヨーロッパで評価されてきたアウトサイダー・アーティストとは違う展開を意識しました。彼らのような作品は神格的に扱われることがありますが、そうした位置付けについてもそろそろ考え直してもいいのではないかと思っているんです。障害があろうとなかろうと、プロであろうとアマチュアであろうと、どんな作家も悩みや苦しみを抱えていて、体や道具を使い物質を操作し作品をつくる。その点において違いはありません。また、今回は現代アートの作家も出品していますが、特に手や身体による制作、つくることの喜びを大事にしている人を選びました。それによってアートがジャンルを越えてつながるきっかけになればいいなと思います。
塩見:川内理香子さんやEmiさんなどはまさに身体の動きが感じられる作品です。身体の中で何が起こって自分の精神とどう関わっているのかなど、その関係性が大事な要素になっています。
「道具」としてのアートとは?
――展覧会の「キュレーターズメッセージ」の中で、アートを「能動的な道具であると捉えてみる」と書かれていますよね。
マクドナルド:今回はヒーリングとしてのアートの可能性も考えたい、と思いました。「ヒーリング」は日本語では「癒し」と訳されますが、洞窟壁画や宗教芸術などに見られるようにアートには古くから癒しに近い作用もありました。観る側だけではなく、つくり手にとって作品をつくることが心を安定させる作業にもなるのではないか。そのための手段、つまり「道具」としてアートを捉えても良いのではないか、と。
塩見:たとえば藤岡祐機さんは、大きな声を出すこともありますが、制作しているときは本当に静かでした。周りに目もくれずにひたすらハサミで紙に切り込みをいれていく。
マクドナルド:もちろん観る側にとってもアートが何らかの道具になるのではないかという視点も、この展覧会の大きなポイントです。かつて19世紀末のヨーロッパでは、「生活や仕事場に美術があるべき」という考え方のもと、アーツ・アンド・クラフツ運動12という大きな動きが巻き起こりました。日本では、特に工芸の分野を中心に立ち上がった民藝運動13がその影響を受けています。ただ鑑賞するのでなく、使ってこそ生かされる。現代にそんなアートの見方があってもいいのではないかと思うんです。日常のふとした隙間にアートがあり、ふいに意識が揺さぶられる。この「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」では、そんな体験を提供できたら、と思っています。
Information
日本財団DIVERSITY IN THE ARTS企画展
ミュージアム・オブ・トゥギャザー
- 会期:2017年10月13日(金)〜31日(火)
- 開館時間:11:00〜20:00(10/13は18:00まで)/会期中無休
- 会場:スパイラルガーデン(東京都港区南青山5-6-23 スパイラル1F)
- アクセス:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線「表参道駅」B1出口前もしくB3出口より渋谷方向へ1分。※B3出口にエレベーター・エスカレーターがあります。
- 入場料:無料
- 主催:日本財団
- 制作:一般財団法人日本財団DIVERSITY IN THE ARTS
- 監修:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]
- 参加作家:青山悟、占部史人、Emi(エミ)、川内理香子、クリスチャン・ヒダカ、小松和子、清水千秋、清水ちる、土屋信子、土屋正彦、寺口さやか、ピーター・マクドナルド、藤岡祐機、古谷秀男、堀江佳世、松永直、水内正隆、みずのき絵画教室、森雅樹、八島孝一、竜之介、渡邊義紘、香取慎吾