多様な視覚の状態にある参加者
午前と午後の2回、それぞれ10人の定員枠いっぱいに埋まったワークショップ。さまざまなレベルで視覚障害がある人とともに、その介助者や、普段は美術館ボランティアとして活動する人、アクセシビリティに関心の高い美術館学芸員らが集まっていた。午前の部には子どもの参加もあったとのこと。
進行を務めるのは、展覧会「つくる冒険 日本のアール・ブリュット45人」の担当学芸員でもある山田 創さんだ。
まず、本ワークショップの大事な点として、視覚障害者だけに向けたものではないことが説明される。「見える人が見えない人に教えるということではなく、多様な視覚の状態にある方々が相互に対話しながらイメージを積み重ねて、交換していくことを試みるような場にしたい」と山田さん。
実際、視覚という一点にかぎっても、それぞれの見える度合いはまさに千差万別で、だからこそ、山田さんは一つひとつ声に出して、確認しながら進行していく。会場の大きさ、テーブルの配置、そこに座っている人数、まわりに立つスタッフの人数。そして、各スタッフからはじめて、すべての参加者、今回の取材陣に至るまで、ひと言ずつの自己紹介が促された。
「後ろからお声がけしています~」「受付のときにお声がけしました」といった、自己紹介に添えられるささやかな前置きひとつとっても、「多様な視覚の状態にある方々」を前提としたものだと感じられる。
澤田真一作品のレプリカをさわってみる
今回のワークショップのために用意されたのは、企画展にも出品中の作家による2つの作品のレプリカと触図。無数の突起物に覆われた澤田真一(さわだしんいち)による造形作品のレプリカと、複雑な描写や黒い塗りつぶしが、一見して幾何学模様に見える戸來貴規(へらいたかのり)の平面作品を触図にしたもの。
2つのテーブルに分けられた参加者は、テーブルごとにそれぞれの作品に触れ、感想を口にしながら、およそ15分ほど対話を重ねる。これがワークショップの大枠の流れ。
まずは、トゲトゲまみれの澤田真一作品。表面の凹凸がにぎやかでさわりがいのある作品といえる。これを1人ずつ順にさわってみる。手前から抱きかかえるようにさわる人、おずおずと端から少しずつさわって「うーん?」と首をかしげる人、手にして匂いをかいでみる人……作品への触れ方にも個性が現れる。
きっと目で作品を見るやり方にもそれぞれのスタイルがあるはずだが、普段そのことはまったく意識されないのだと気づかされる。
次に、みんなで一斉に作品をさわりながら、今度は気づいたことや感じたことを率直に言葉にする。さわる面積を少しずつ増やしていくように端から作品をさわっていたのは、視覚に障害がある小原さん。
「たくさん言えることはあるんですけど、ブツブツがあって、山脈が何本か連なってるみたいなものを連想します」
そうした言葉を受けて、「小原さんはこのあたりが山脈みたいだって言われてますけど、みなさんもさわってみて」と、まわりの参加者の手がその同じ場所へと導かれる。さわる、言葉にする、それを受けてみんなでさわりなおして確認する……この繰り返しのうちに、眼の前にある作品への解像度が少しずつ高まっていく。
そのうちに、「最初は陶器かと思ってさわってみてたけど、あまり温度がなくてレプリカなのかな。けど、だんだんパンみたいにも見えてきました」という、目で見た第一印象と手触りの感覚のズレを口にする晴眼者も。
それを受けて小原さん、「そうか。粘土の作品だと思ってさわったら、印象が全然違いますね」。
今回のワークショップでは、事前の作品説明はなく、触れてみて率直に思ったことを言葉にするところからはじまった。実は、澤田真一作品が3Dプリンタでつくったレプリカだという情報も事前に与えられることはなかった。さわることをベースにした作品鑑賞において、物の素材は大きな情報、手がかりのひとつなのだが。
「作品鑑賞」だと思えば、素材についての情報はあらかじめ共有されるほうが親切に違いない。が、今回用意されたものがレプリカで実作品は陶芸だといった事前情報のなかったことで、より自由にイメージを広げて鑑賞することにもつながったのでは、という意見も聞かれた。
戸來貴規作品の触図を触ってみる
戸來貴規(へらいたかのり)作品の現物は、B5サイズの用紙に表裏で描かれているが、触図は片面ずつに分けてB3サイズに拡大してつくられていた。視覚的な印象を言語化しやすい澤田真一の立体造形作品に比べると、戸來貴規作品は、目で見た印象をすぐに言語化するのはかなり難しく、とりつく島もないといった感じもある。
「ステンドガラスみたいな」「足みたいなのが2本あって、ひし形があって、ひし形はこっちにもあって、ピンを横倒しにしたみたいな」「斜めの線の印象が強いかな」「右下にハートかウサギみたいな形があって、ここだけ規則的な感じで……」。ここでも、さわる、言葉にする、それを受けてみんなでさわりなおして確認する……の手順で進められたが、澤田作品に比べると、おずおずとした断片的な言葉が多かった。
ここで興味深かったのが、視覚障害の介助者、ヘルパーとしてワークショップに参加していた人たちの反応だ。介助という役割でありつつも、言葉で表すのがとても難しいため、「一体、これは何なんでしょうね」と、一緒になって首をひねる様子が見られた。
「こちらが理解できないものを説明するって本当に難しくて。どうすればいいか、ずっと悩みながらお伝えしていました」とは、ヘルパーの立場で参加していた岡部さんの感想だ。
ひと通り感想が一巡したところで、山田さんから戸來貴規の作品について説明が入る。戸來貴規は文字としてこれを書いていたこと、その文字が大きく歪んでいるため視覚的にも読み取るのは困難であること、文字が示す内容は日記であること。表面には、日付や気温、裏面には毎日同じ日の日記を書き続けていたこと。
そうやって説明を受けると、「印象的な大きな斜めの線」は、戸來が数字の「2」として書いた斜め線であり、規則的なかたちが続いていると感じられた部分は、日記文の末尾「あそびました」「たべました」「かいました」といった、「~ました」の言葉が横並びになっている部分だった。
規則性、連続性というのは目で見るよりも、さわって感じることでこそ捉えやすい部分だったかもしれない。とはいえ、解説を受けても、やっぱりちょっと捉えどころがないという感想を抱いた参加者も少なくなかったようだ。
のちほど山田さんに戸來作品をセレクトした理由を伺ったところ、このように話してくれた。「絵の面白さを触図で感じとるのって、本来、かなり難しいと思います。どのような形が描かれているかを理解するだけになってしまうと、それって実は美術作品の楽しみ方とも違っていますし、むしろ、これってなんだろうというわからなさも美術の大事なポイントですから。わからなさというのをいかに体験として味わえるか、そのチャレンジとして戸來さんの作品を持ってきました」。
視覚支援デバイスの意義
また、今回のワークショップを通して、株式会社QDレーザの協力で、手持ち型網膜投影視覚支援機器「RETISSA ON HAND」を利用できる環境も整えられていた。これは、弱視状態の見えづらい人の目の網膜に、カメラで撮影している映像を安全で微弱なレーザに変換し、直接投影することで見えやすくするというもの。
「網膜の状態により見え方に個人差がある」と言われるこのデバイスだが、今回の参加者の1人、弱視の今井さんにはとても適合したようで、「肉眼で見るよりは見やすくてクリアに見えます。このような経験ははじめて」との感想が聞かれた。
「美術館の取り組みとしては全盲者に寄ったものが多くて、ロービジョンの人にあまりアクセスできていない状況を感じていました。今回は、QDレーザさんの協力も得て、そういう新しいテクノロジーがあるのなら、ということでロービジョンの方にも多く集まっていただくことができました。これまで視覚障害の方にはさわるという選択肢を用意することが多かったのですが、デバイスを通して複合的な体験として深められたのもよかったと感じています」と山田さん。
いろんな人が混ざる美術鑑賞の可能性
こうしたワークショップの場は、見えない全盲者だけを対象としたもの、触図を体験するもの、あるいは対話型鑑賞を目指すものなど、それぞれに開催目的や対象者ごとに異なる場が設けられることが多く、見える人、見えづらい人、見えない人が同じ場に集まって、触図も対話もという機会は、実はあまりないという。
「どうして戸來さんのような作品を選んだんだろうって最初は思ってましたけど、やってるうちにだんだんその意義がわかってきて。みんなわからないまま、ハテナという感じで終わってもいいんだなって」とは、参加していた静岡県立美術館 学芸員の貴家映子(さすがえいこ)さんの言葉。
見える見えないにかかわらず、作品のすべてを明瞭に十全に理解できることなどない。そして、何かの体験会ではなく、ワークショップはあくまでも作品鑑賞を深めるものとしてあった。そう思えば、今後、対話型鑑賞の現場で培われてきた技法なども合わさっていけば、「多様な視覚の状態にある方々が相互に対話しながら」の作品鑑賞は、まだまだ可能性があると感じられた1時間だった。
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滋賀県立美術館
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